埋文ニュース

「図説鹿嶋市の歴史 近代・現代編」が刊行されました

2017/04/25

鹿嶋市文化スポーツ振興事業団と鹿嶋市教育委員会で取り組んだ「図説鹿嶋市の歴史 近代・現代編」が刊行され、一般の頒布が始まりました。今回の近代・現代編は「図説鹿嶋の歴史」シリーズの3冊目になり、これで原始古代から現代までの鹿嶋市の通史がまとまりました。
近代・現代編では、幕末の争乱から始まり、明治維新と近代化への歩み、そして戦時下の鹿島と戦後の混乱、鹿島開発と現代の鹿嶋市が掲載されています。

近代・現代編
A5版本文カラー183ページ資料編モノクロ10ページ 頒布価 1000円
構成 第1章 江戸時代後期 -近代へのあけぼの-
第2章 明治時代 -近代化への歩み-
第3章 大正時代 -大正デモクラシー-
第4章 昭和時代 (前期)
第5章 昭和時代 (後期)から平成
持論
1 縄文海進と市内の貝塚
2 古代の製鉄と現代の製鉄
3 鹿島神宮文書
4 鹿島信仰
5 近世鹿嶋の文藻
6 鹿島地方の災害史
追記 東日本大震災と鹿嶋市
資料編 映像と講話による鹿島開発講演集
近代・現代編年表


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「図説鹿嶋市の歴史 原始・古代編」が刊行されました

2017/04/25

図解 「鹿嶋の歴史」原始・古代編を刊行いたしました。発掘調査で得られた資料をもとに、原始・古代編をまとめました。写真や図を用いながら、見開きで一項目が完結するように構成されています。時代別に第1章から第6章に分け、各章に概説と用語解説を入れました。見返りには年表、巻末には市内の遺跡地名表や指定文化財の一覧表も掲載しております。
この期に鹿嶋の歴史にふれてみてはいかがですか?

A5版 148頁  価格 1,600円(税込み)


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「図説鹿嶋市の歴史 中世・近世編」が刊行されました

2017/04/25

やさしい写真と図の多用した鹿嶋の通史を目指して、平成18年3月に「原始・古代編」を刊行し、好評のうちに迎えられ、続編である「中世・近世編」の刊行を要望され、平成19年3月に鹿島・行方に在住在勤の歴史研究者並びに歴史館学芸員の協力のもとに編纂を進め、このほど完成し、一般頒布を開始しましたのでお知らせいたします。

ぜひ、お手にとって「鹿嶋地域と鹿島神宮・根本寺・護摩堂などが源頼朝・足利尊氏、そして鹿島氏・佐竹氏・徳川氏などと対峙または協調を繰り返しながら時代の変化に対応した歴史」を実感して下さい。

中世・近世編
A5版本文カラー120ページ資料編モノクロ32ページ 頒布価 1800円
構成 第1章 奈良・平安時代-坂東からの躍動-
第2章 鎌倉時代-藤原氏の氏神から武士の崇拝する鹿島神宮へ
第3章 南北朝・室町時代-南北朝から応仁の乱へ-
第4章 安土桃山時代-下剋上と鹿島神宮-
第5章 江戸時代-江戸文化の興隆と鹿嶋-
資料編 鹿島神宮文書・護国院文書・根本寺文書
市内出土貨幣一覧・中世・近世編年表

市内書店・鹿嶋人ギャラリー・勤労文化会館・どきどきセンターにて頒布しています。


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第42回 縄文土器のうつりかわり⑥-「こんにちは縄文土器」

2017/04/25


縄文時代晩期(およそ2500年前)になると土器は日本列島の東西で差が明確に出てきます。西・南日本は無文化・単純化した文様になり、東日本は東北を中心に流麗な文様の亀ヶ岡式(大洞式)の影響を受けた豊富な器種の土器がみられます。
鹿嶋市の晩期の遺跡は神野遺跡があげられます。神野遺跡からは安行式土器や亀ヶ岡式の影響を受けた土器が見つかっています。土器の厚さは薄いものが多く、文様は繊細です。雲形の文様など東北地方で多く見つかる土器の影響を受けた土器が鹿嶋でも見つかることは、東北地方と交流があったことも推測できます。
晩期の最終末には西南日本の一部では稲作が開始され、土器は単純・簡素化し種類も少なくなりました。鹿嶋市では晩期終末から弥生時代前期の遺跡は現在のところ見つかっておらず、使用していた土器など詳細なことはわかっていません。 全6回の駆け足で鹿嶋の縄文土器のうつりかわりを紹介しました。ここで紹介した土器は鹿嶋市どきどきセンターに展示しておりますので、ぜひ見学におこしください。


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第41回 縄文土器のうつりかわり⑤-「こんにちは縄文土器」

2017/04/25


縄文時代後期(およそ3000年前)になると土器の文様は繊細になり、装飾的なものから機能的なものへと変化していきます。注ぎ口のある急須のような形をした注口土器が一般化し、液体を貯蔵する壺も定着しました。また、美しく飾られた土器(精製土器)と文様の少ない土器(粗製土器)のはっきりとした区別もでき、作りわけられました。精製土器の形はバラエティに富んで、釣手形土器、香炉形土器など器種は豊かとなります。
鹿嶋市の後期の遺跡としては、神野遺跡・片岡遺跡・神野向遺跡があげられます。これらの遺跡からは堀之内式・加曽利B式・安行式などの土器が見つかっています。
堀之内式土器は、縄文を付けた後に渦巻や三角形や菱形の幾何学的な文様を線で付ける複雑な文様構成です。この堀之内式土器は分布圏が広く関東一円のみならず東北南部から近畿地方まで広がっています。
次に続く加曽利B式は、精製土器・半粗製土器・粗製土器と大きく3種類に分けられ用途を異にしていたと考えられます。
後期の最終段階の安行式は、粗製土器と精製土器がはっきりと分かれていて、精製土器には瘤が付きます。安行式土器は前半が後期、後半が晩期に分けられ、東北地方の影響を多く受けています。

※コラム : 堀之内式などの土器型式は年代や広がりを表す「ものさし」のようなもので、標準となった資料の見つかった遺跡名(標式遺跡)から名前を付けています。


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第40回 縄文土器のうつりかわり④-「こんにちは縄文土器」

2017/04/25


縄文時代中期に入ると土器の文様や装飾は豊かになり、東日本では飛躍的に遺跡数が増えます。中部地方や関東地方の中期前葉・中葉の土器には装飾の多い華やかで立体的な土器があり、口縁部を炎の様に飾ったいわゆる火炎土器が有名です。
中期の前葉・中葉の頃、関東地方東部を中心とする地域に分布する阿玉台式と呼ばれる土器様式があります。阿玉台式土器は、特徴として胎土中に金雲母片を混入しているため土器の表面がキラキラ輝いています。
後半になると加曽利E式土器と呼ばれる口縁部が丸くふくらむ深鉢が現われ、文様はしだいに簡素化されていきます。加曽利E式土器は関東全域と分布圏が広がっていました。
阿玉台式土器・加曽利E式土器は鹿嶋市では、田野辺のミシマ遺跡、宮中の厨台遺跡群を始めとする縄文時代中期の遺跡から見つかり、他の地域の影響を受けている土器も混在しています。


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第39回 縄文土器のうつりかわり③-「こんにちは縄文土器」

2017/04/25


今から約6,000年前の縄文時代前期になると、土器の底の形は尖った底から丸底になり、平底の深鉢形土器が一般的になります。また、煮炊き用の深鉢形土器の他に、盛りつけ用としての浅鉢形土器・台付き土器も出現します。この時期は「縄文」の文様の最盛期であり、複雑な撚りを加えた豊かな縄の文様が発達します。
前期前半の土器を見ると割れ口が黒くなっているものがあります。これらの土器の胎土には繊維が含まれており、前期中頃には繊維の混入がなくなり、硬い焼き具合となります。 後半になると鹿嶋市域では貝殻を用いたて文様を付けた土器や、シノダケのような細い管状の工具を使う「竹管文」が主役となり発達します。
鹿嶋市の前期の遺跡としては、鹿嶋市田野辺のマツサキ遺跡や鉢形の内畑遺跡が著名です。


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第38回 縄文土器のうつりかわり②-「こんにちは縄文土器」

2017/04/25


最初の縄文土器である草創期の土器は、鹿嶋では見つかっていません。次に続く早期は、「縄文海進」がみられ始めた時期で、土器の多くは、底が尖っているのが特徴で、尖底土器と呼ばれ、土器を炉に立てたり、周りを石で支えたりして使ったと考えられています。 文様は、細い糸を撚って木の棒に巻き付けたものを回転させた撚糸文系土器、楕円形や山形の刻みをつけた棒を転がした押型文系土器、土器の表面に貝殻や棒で文様を描いた貝殻・沈線文系土器・ギザギザになっている貝殻の縁を使って条線を引いた条痕文系土器などがあります。条痕文系土器には植物繊維が混入しているため、土器の断面が黒くなっているのが特徴です。
鹿嶋市の早期の遺跡としては、鹿嶋市宮中に所在する伏見遺跡が著名で、前葉の撚糸文系の土器と、中・後葉の貝殻・沈線文系の土器が多く見つかっています。他には、高尾﨑遺跡、西谷A遺跡、マツサキ遺跡、厨台遺跡群からも早期の土器が見つかっています。


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第37回 縄文土器のうつりかわり①-「こんにちは縄文土器」

2017/04/25


今年度の「かしまのざくざく」は縄文土器のうつりかわりについて鹿嶋の遺跡を中心に紹介します。

縄文土器の由来は、明治時代、アメリカ人のモース博士が日本で初めて東京都品川区大森貝塚を調査し、そこから出土した土器に命名したことからであります。モースは、縄目の土器をみて「cord marked pottery」と名付け、これを「縄文土器」として訳し、その後、一般的に使われるようになりました。
土器は可塑性を持つ粘土を材料として形をつくり、焼き上げた容器のことで、他の遺物と比べて形や文様がいろいろ変化し、出土する量も多いので、時代や地域による違いと変化を詳しくみることができます。
また、時代によって形や文様に変化が多いので、縄文土器を六つの時期に大きく区別し、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期と呼んでいます。
最初の縄文土器である草創期の土器は、煮炊き用の土器で、平底と丸底の2タイプがあります。しかし、現在のところ鹿嶋では草創期の土器は見つかっていません。現在見つかっている鹿嶋で最も古い土器は早期の土器です。
早期の土器については次回をお楽しみに。


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第36回 風土記の郷⑥-角折の地名説話

2017/04/25


 奈良時代の地誌である『常陸国風土記』には角折の地名の由来が二説載っています。
一つは昔この地に大蛇が棲んでいて、東方にある海(鹿島灘)に出ようと思い浜に穴を掘っていたときに大蛇の角が折れて落ちたため、角折と付けた説。もう一つは別の人が言っているとして、倭武の天皇がこの浜で仮の宿をおとりになる際、お食事をさし上げようとしたところお飲みになる水が全くなかったので鹿の角を手にして地面を掘ったところ、その角が折れてしまったので名付けた説です。
鹿嶋市内には風土記に遺されている地名が幾つかありますが、地名由来の説話が記されているのは角折だけです。
風土記は奈良時代に国別に編纂されましたが、まとまったかたちで残っているのは常陸・出雲・播磨・肥前・豊後の五カ国です。『常陸国風土記』は真壁郡や河内郡の記事を欠きますが、地名起源説話や伝承など奈良時代の貴重な史料です。


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